進むべき道に迷ったなら「もし100回目の人生だったら」と考えてみる

最後の人生説

人生に迷うときってありますよね。

自分が何をしたいのか。本当はどうしたいのか。どう生きたいのか。案外それが見えなくて悩んでしまいます。

そんなときは試しに「100回目の人生説」を自分に問いかけてみましょう。昔読んだ本に出ていた話がもとになっています。

答えが見えてくる可能性がありますよ。

100回目の人生説

もしこれが最後の人生だとしたら、アナタは何がしたい?

この問いかけが「100回目の人生説」のキモです。

生まれ変わりが存在するという前提で一度人生を考えてみましょう。人間には実は生まれ変わりがあって、死んだらまた別の人間に生まれ変わるのだと想像してみてください。

人生は一度きりではなく、何度も生まれ変わっていろんな人生を歩むのだと。

だから前の人生では自分は医者だったのかもしれません。

その前は教師だったかもしれません。

さらにその前は軍人だったかもしれません。

農家の百姓だったかもしれません。

大工の棟梁だったかもしれません。

いろんな人生を経験して、その上で今の自分に生まれ変わったのです。

しかしここからが本題です。残念ながら生まれ変わりは永遠ではありません。100回で終わりです。100回目の人生が終了するとそこで本当にすべて終わり。アナタは消えて失くなります。

そして実は今回がその100回目です。アナタはもう99回生きてしまいました。

今回が最後の人生です。死んだらそこですべてが終わります。もう次はありません。

これまでの99回の人生でいろんなことがありました。

大工の棟梁としてたくさんの若手を育てあげました。

ビンボー農家の百姓のときはお金も食べるものもなくて、いつも泣いてばかりいました。

軍人として戦地へ赴き、国のために命を捧げたりもしました。

学校の先生のときは夢中で多くの生徒に学問を教えて、保護者の方たちにも信頼されました。

医者のときは無私の精神で必死に働き、たくさんの人の命を救いました。

そうやってアナタは99回の人生を必死に生きてきました。世の中のため人々のためにとても頑張りました。

アナタの貢献がどれだけ多くの人を救ったことでしょう。

99回必死に生きてきた

そしていよいよ今回がラストの人生です。

アナタはもう99回生きてしまいました。100回目の今回がどうやらラストです。これで本当に終わりみたいです。

さあこのラスト1回をどう使おうか。

もしこれが最後の人生だとしたら、アナタは何がしたい?

貴重な最後のひとつと考える

この100回目の人生説が面白いのは人生を100回制へと拡大させることです。

ひとつしかないはずの人生をワザと100回あることにして、1/1ではなく1/100として捉えます。

人生ってよくわからないし、大切なものなのかさえよくわかりませんよね。とらえどころがなく、生きてる実感だってときには見えなくなってしまいます。

ならば一度数を増やして見やすくしてしまおうというのがこの100回目の人生説の基本理論です。

見方や捉え方を変えると物事はよく見えてくるときがあります。それを人生論へ応用したものです。

命はたったひとつだと説かれるよりも「アナタはすでに99個を失っている、いま手にしているそれがラストだ」と言われた方がわかりやすかったりします。

失ったというバックグラウンドがあるからです。

生まれ変わりという架空の設定ではあるけど、99個の架空の人生が今の1個に形を与えてくれます。

漠然としか見えていなかった人生が、最後の貴重な1個として形を現してきます。

何が見えてきましたか?

見えなかったものが見えてきましたか?

スポンサーリンク
336
336
スポンサーリンク
336