人間の価値・男の価値はお金ではない!では何で決まる?

人間の価値は何で決まる

人間の価値、男としての価値はお金や経済力で決まるものではありません。

では何で決まるのか?

その答えを私は22歳のときに見つけました。

人を救えるかどうか。これで人間としての、男としての価値が決まります。

困っている人を助けられるかどうか。その実力があるかどうか。

わたしは22歳のとき非常に大きな経験をしました。人生で一番悔しかった挫折体験かもしれません。

しかしその経験がわたしにひとつの答えを示してくれました。

ある挫折

今でこそ私もすっかり人間が丸くなってしまっていますが、若い頃はやはり生意気で、反抗的な面や攻撃的な面をもっていました。

どこにでもいるクソ生意気な青年という感じです。

若さにまかせて暴走しまくりの日々でしたが、でもときには「人生って何だろう?」とか「人間の価値って何で決まるのか?」などと考えてみたりもしていました。

映画を観たり本を読んだり、ときにはバイト先の先輩に質問をぶつけてみたり。そうやって人生を模索するどこにでもいる思春期全開ボーイでした。

「何を目指すべきか?」そんな疑問を抱えながら社会人になった私。お金をたくさん稼げばいいのだろうか。出世すれば偉い人間になれるのだろうか。でも何か違う気がする・・・

そうした疑問は社会人一年生のときにあっさり解かれました。

非常に大きな出来事に遭遇したからです。他人から見たらもしかしたら些細なことなのかもしれません。でも私にとっては人生最大の挫折でした。

セクハラで悩んでいた女の子

同期入社が10人ほどいてみんなすごく仲が良かったです。よく飲み会をやってそれぞれの仕事の状況を報告しあったりしていました。

そんな同期入社仲間のうちのひとりの女性が、部長からのセクハラまがいの行為で悩んでいました。

しかもそのセクハラをしてくる部長というのがちょっと厄介な相手でした。社内でも恐れられていた大魔王みたいな実力者でした。

身長が185cmぐらいある巨体だし、顔はヤクザみたいだし、態度は高圧的だし。

そのせいで社内のみんながその大魔王に気を使っている感じでした。

社長ですらその大魔王に叱責させているのを見たことがあります。親から会社を引き継いで何年かたっているはずなのですが、社内では大魔王のほうが幅をきかせていました。

ラスボスみたいな風格があったので私も廊下ですれちがうだけで緊張してしまいました。いつも引き連れている手下みたいな連中もいたのですが、その人たちも親分に似て恐そうな感じでした。

大魔王のせいで若い男性社員が精神科に通院するようになり、そのまま退職してしまったという話もきいたことがあります。

女性社員に対するセクハラじみた噂もいくつかありました。

でも恐くて誰も止められないという。

もうひとりの実力者・佐藤部長

同期の仲間の女の子が大魔王の標的になりセクハラまがいの行為を受けている。

その娘はもう今にも出社拒否になってしまいそうな感じ。でも仲間である私たちにはどうにも出来ませんでした。

とくかく大魔王が怖いし、こっちはつい先日社会人になって入社したばかりのひよっこだし。

その娘も最初は同期の女友達だけに相談していました。でも解決策が見えてこない。それで私たち男性社員にも相談してみることに。

そうやってせっかく頼ってくれたのに自分が何もできないとは。「あんまり気にするな」とか「もう少し様子を見てみれば」ぐらいしか言ってあげられません。

この情けなさ。

男性社員一同はそうやってごまかすことしか出来ませんでした。「俺が大魔王に掛け合ってやる」とは誰も言い出しませんでした。そんな勇気がないし、問題解決にいたる道筋も思い描けないし。

私たち同期の男性社員は何の力にもなってあげられませんでした。

そこで女子たちはまず直属の上司に相談することにしました。しかしやはり問題はいっさい解決せず。

何も変わりませんでした。

そこで次に彼女たちが頼ったのが佐藤部長(仮名)。この佐藤部長というのは大魔王と並ぶ社内の実力者でした。30代前半で部長に昇進したという最年少記録を持つ人で、社内の尊敬を一心に集めるような存在でした。

佐藤部長は非常に人望のある人だということは私も知っていました。でも部署が全然違ったのでどうもその実感がないというか。ガマガエルみたいな顔したオッサンぐらにしか正直思っていませんでした。

佐藤部長は身長も160後半ぐらいと小さく、大魔王とは迫力が全然違いました。顔も大魔王のほうがキリッとしてるし。

私は大魔王と部署が近かったためその大声はよく聞いたし、威圧のある姿もよく見かけました。でも佐藤部長のほうはフロアが違うこともあってあまり見かけたことがなく、わたしの中では地味な存在でした。

だからセクハラのことを佐藤部長に相談したと聞いたときも「どうせ何も変わらない」という感想を持ちました。

佐藤部長になる!

佐藤部長に相談したという話を聞いてから1週間ほどあとに、また同期で集まって食事に行きました。

そこでセクハラがすっかり解決したという報告を受けました。

ついこの間までセクハラで悩んで暗い顔をしていた娘が、すっかり明るくなっていたことに驚きました。顔に生気が!

その顔を見たときに、彼女がどれだけ悩んでいたのかを悟らされました。

社内では彼女たちと佐藤部長はほとんど接点がありません。そんな新入社員から相談を受けた佐藤部長は嫌がりもせず心よく話を聞いてくれたそうです。

そしてもうその翌日からセクハラがピタッと止んだのだとか。

どうやって話をつけたのか詳細は彼女たちにもわからないそうです。

しかし佐藤部長は問題を一発で解決してみせました。セクハラを受けていた娘の話によれば、大魔王の態度がもう明確に変わったそうです。

私の中でも大きな変化がおきました。ガマガエルみたいな顔したただのオッサンが私にとってのヒーローになりました。

休憩室で佐藤部長を見かけると近くに座ってどんな会話をしているのか聞き耳をたてたり、佐藤部長と仲の良い人の飲み会に参加して情報を引き出そうとしてみたり。

まるで追っかけです。

そして私ははじめて人生の目標が見えてきました。「佐藤部長になる!」そう考えるようになりました。

何を目標に生きればいいのかと自問していた思春期ボーイだった私。でも社会人になった最初の年にあっという間に答えを手にしました。

困っている人を救えるかどうか。それが人間の、男としての価値を決めるのだと気づきました。

態度だけは生意気なくせに私は同期の娘を助けられませんでした。どうすれば問題を解決できるのか全然見えなかったし、勇気もなかった。

「佐藤部長になる!」そう目標を掲げて思春期ボーイは邁進していきました。出世もお金も全部この目的のためでした。

とにかくセクハラなどをピタッとやめさせられる実力が欲しかった。

今ふりかえって自分がどの程度の大人になれているのかは怪しいところではあります。佐藤部長の足元ぐらいには及んでいるのでしょうか?

人間の価値は断じてお金ではない

人間の価値や男の価値はお金や経済力で決まるものではありません。断じて違います。

きれい事ではなくそう思います。

もし新入社員時代の私が高いブランド品を身に着けていたとして、あの挫折を回避できたかといえばできません。

必要なのは結果を出せる実力です。

そもそも若造がブランド品を身に着けていても「親がお金持ちなんだろうな」で終わります。尊敬されたりしません。やはり中身が必要。若くして会社をおこして成功しているとか。

私は服とかブランド品がわりと好きで、このブログでもブランド格付けランキングみたいなページを作っています。

しかし同時に「高いブランドの服だってしょせんはただの布切れ」みたいなことも書いています。こうした発言はわりと本気で、やっぱり服とかブランドなんて人の価値にまったく影響ないです。

ファッションにうるさい人なんかはユニクロをバカにしたり、なんならセレクトショップの服なんかも「あんなゴミ着てるやつwww」と小バカにしたりします。

でも服とかブランド品ってやっぱりただの豪遊ごっこです。ただのお遊びなので好きにやればいいんです。ユニクロの服も高いブランド服もしょせんはただの布切れです。

無敵アピールを卒業するとき

私もかつてはクソ生意気な青年でしたが、若いときなんてそんなもんでいいんです。親のすねをかじって何の実力もないけど、でも気位だけは一人前みたいな。

自分を大きく見せようとするぐらいでちょうどいいんです。それぐらいの気持ちがないと本当に大きくはなれません。

でも自分がやっていることがしょせんは無敵アピールであることを心のどこかでわかっておくべき。

仲間と我がもの顔で道いっぱいに広がって歩いたり、大きな音が出るようにバイクを改造したり、校則に違反する服装をしたり。まあ好きにやればいいです。

でもそれがただの無敵アピールだとわかっているかどうかがその人の将来を決めます。

最近のニュースでいえば、高速道路で進路妨害をして車を停止させ、夫婦ふたりが轢かれて死亡するという事件がありました。

容疑者は女性連れでそうした行為をやっていたようなので、ええかっこしたかったのでしょう。

いい大人なのに自分のやっていることが無敵アピールでしかないことをわかっていなかったのです。

若者に無敵アピールはつきものですが、二代目ボンボンのブランド品アピールと一緒で、中身が伴っておらず意味がありません。

それをどれだけ自覚しているかです。わかっている人は伸びていきます。

10代の人は自分のやっていることを一度見直してみましょう。そうしないと表面を取り繕うだけの大人になってしまいます。

まとめ

人としての価値は困っている仲間を救えるかどうかで決まります。

気持ちだけではダメです。新入社員の頃の私だって気持ちはありました。でも救えなかったし、大きな挫折感も味わいました。

気持ちではなく重要なのは実力。大人の世界では結果を出せないと意味がありません。

先ほども書いたように私はファッション好きなので、人に会うときは相手の身につけているものに注目します。「いい靴をはいてるな」とか「どこのスーツだろう」とか。

でも一番見ているのはその人が仲間を救えるかどうかです。ほぼそれでその人の価値をはかっています。

そしていまだに佐藤部長を超える大人には会ったことがありません。いまだにわたしの中では佐藤部長がNo.1です。あの出来事が今でも忘れられないのでしょう。

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